レポート:#4 新宿 ワークショップReport: Workshop #4 Shinjuku
#4のフィールド新宿
2023年10月27、28、29日の3日間、KINOミーティングの4回目となるワークショップを開催しました。今回のフィールドは、新宿エリア。東京、日本を代表する繁華街でありながら、大規模な緑地、高層ビル街、多国籍の飲食店が並ぶ通りなど、さまざまな顔があり、行き交う人も多様なまち、新宿での3日間のワークショップの様子を、KINOミーティングのプロデューサーである阿部航太がレポートします。
DAY 1写真で自己紹介 + グループディスカッション
3日間のプログラムは、まず金曜日の夜のオンラインでのガイダンスから。今回のワークショップ参加者は12人。それにスタッフ5人、ワークショップクルー(*1)5人が加わり、計22人がオンライン上で集まりました。
KINOミーティングでは毎回「1枚の写真を軸に自分のことを話す」というやりかたで自己紹介を実施しています。今回の写真のテーマは「どこかに向かう道の写真」。参加者たちには、それぞれがもち寄った写真をもとに、2分ほど自身について話してもらいました(今回はスタッフやクルーもこのテーマで写真をもち寄りました)。「日本に来て初めて一人暮らしを始めました。その大好きな家に帰る道で撮りました」と話すNの写真には、橙色の夕陽が行く先に沈む風景が。中国出身のXは、祖母の家の前の道の写真を見せて「この道だけは子供の頃からほとんど変わってない。私にとってとても意味がある道」と語ります。「23年間ずっと知っているのに、それでも知らない出会いがある」とRは通いなれた家の近所の散歩道の写真を紹介しました。六本木のビルの屋上階段が見える写真を見せたLは、その階段を「空へ向かう道」と表現しました。とあるまちのなんてことのない道が、それぞれの自己紹介を通して特別な道として見えてきます。
自己紹介のあとには、グループに分かれてディスカッションです。ふたつの質問をもとにグループ内で意見を交換します。Q1は「あなたの一番古い思い出は何ですか?」という質問です。 父と木を植えたこと、幼稚園から母と帰る道中の思い出といった、家族との記憶もあれば、逆に両親が忙しくて転んで怪我をしてもひとりだったという思い出も語られていました。また、この質問が「新宿での一番古い思い出は?」という問いに発展し、新宿に住んだことのある参加者は、来日したばかりで言葉もなにもかもわからなかったときに区役所のスタッフに助けられた思い出を披露していました。
Q2はもう少しワークショップのテーマに引き寄せて「あなたにとって、ルーツとは何ですか?」という質問。「ルーツ」というカタカナの日本語をどう定義するか、どのように考えるかは、KINOミーティングのプロジェクト全体にとっても重要であり、未だ答えが出ていない問いです。それをワークショップを通して参加者とともに考えよう、という意図でこの質問を設定しています。ともに朝鮮半島に(も)ルーツをもつ2人のディスカッションでは、それぞれの生い立ちから、自分、そして家族のルーツの捉え方について話題が進み、近い境遇の物語を描いた映画について共有する場面がありました。また一方で、同じ2人の間で、友人をはじめとした「関わってくれた人、全部ルーツかも」という話も出ており、“国”や土地からは離れたルーツの捉え方が印象的でした。
ふたつのテーマでのディスカッションのあと、明日からのプログラムについての説明があり、参加者は3人ずつに分かれて4つのグループをつくります。それらは、DAY2、DAY3をとおして「シネマポートレイト」というワークをともに行うグループとなります。参加者たちはグループごとに明日の待ち合わせ場所や、連絡手段などを確認し、DAY1は終了です。
(*1 ワークショップクルー:ワークショップの進行をサポートしたり、制作現場での参加者たちの様子を記録する役割。過去のプロジェクトに関わった人や、KINOミーティングのワークショップへの参加経験者が担う。)
DAY2シネマポートレイト
「シネマポートレイト」とは、KINOミーティングのワークショップの中心となる、まちのなかで自身のルーツを探す小さな“旅”をするワークです。参加者はまちを歩き、自身のルーツとリンクする風景に出会ったら、その場所/瞬間が想起させたエピソードを語ります。そして、3人1組で以下の3つの役割をローテーションしながら、それぞれの旅を記録していきます。
・探す⼈:まちで発見した自身のルーツについてエピソードを語る
・録⾳する⼈:「探す⼈」が語るエピソードをレコーダーで録⾳する
・撮影する⼈:「探す⼈」の旅の様⼦をインスタントカメラで撮影する
そして旅の終了後、記録した⾳声と写真を組み合わせて、最終的にそれぞれに2分の映像作品を制作します。
今回のフィールドである新宿は、エリアによってまちなみが大きく異なります。その多様な姿がワークショップにどのように作用するのかを試みるため、今回は「初台駅」「東中野駅」「早稲田駅」「四ツ谷駅」の4箇所を出発地として設定しました。参加者たちはそれぞれの出発地から新宿駅近くの活動拠点を目指し、新宿のさまざまなエリアを歩きます。
◎グループA:出発地=初台駅
日本で生まれ育ちつつも、高校、大学時代の留学先を自分のルーツの一部と捉えているM、インドネシア出身でいまは日本で働くP、大学で映画制作を学ぶ留学生Nのグループです。
それぞれに母語が異なる3人の会話は、日本語をメインとしながらも頻繁に英語が混ざります。「同じときにふたつの言語を考えるの難しい。たまに日本語の言葉に対応する中国語を思い出せない(だから日本語と中国語が混ざる)」と中国出身のNが話すと、「そうそう!」と同意するM。一方で、Pは言語学習に興味があり、独学でいくつかの外国語を習得した経緯を話します。言語についての話題が続き、自然と看板や標識といった文字を捉えた写真が多く撮影されていました。
写真撮影では「No pause!」「Serious face!」とNからの指示が頻繁に聞こえてきます。アングルだけでなく、被写体の立ち位置や、仕草についても細かくディレクションするNと、それにとりあえず従うP。「作品」をつくるという意識は、3人の間でも少し差があるようでした。
「これ、家のグラス、こんなかんじでした。」商店街を歩くなかで立ち寄った、とあるヨーロッパのヴィンテージ雑貨店。Mが留学していたフィンランドの思い出などを回想する隣で、Pがふとそう言いました。インドネシアのPの家にあったのはオランダのグラス。「インドネシアはオランダに300年くらい支配されてたから」とP個人と母国の歴史がちらりと見えた瞬間でした。
◎グループB:出発地= 東中野駅
KINOミーティング以外で個人的にも海外にルーツをもつ子供たちと活動しているRと、フリーのライター・デザイナーのS、来日して初めて住んだまちが新宿だったというJのグループです。
東中野駅に集合した3人は地図を広げ、まずは大久保駅まで電車で移動することを決めます。大久保駅到着後、商店街をぬけて新宿を目指しますが、その道中、最初に「探す人」だったRは自身の“ルーツ”をまわりの風景から見出すことがなかなかできません。「ルーツ見つけるのめちゃくちゃ難しい」とつぶやくR。「いったん録ってみる?」「とりあえず、写真撮ってみて、それからしゃべってみるとか」「あれを撮るのはどうですか?」と、3人は話しながらとりあえずのきっかけをつかもうとします。そうして苦労しながらRは、家族とよく訪れていた当時の新宿のこと、通った場所などについてのエピソードをだんだんと語れるようになっていきます。
バスン! バスン! と工事現場からする騒音にSが反応します。「この音、録ってほしいです」とJに頼むと、「確かに音とか匂いで結構思い出したりしますよね」とR。このグループは、こうして3人で少しずつ“ルーツ”の見つけ方を編み出していきました。「散歩はゆっくりが一番です」とにこやかに笑うJに、RとSは親指を立てて同意します。
公園内にある小さな丘にのぼり腰を下ろした3人。少しの間ですが会話のない時間が流れました。ほとんど初対面であることや、「語ること」を求められるワークショップということもあり、常に会話を続けなくてはならないプレッシャーがうっすらとあるなかで、その会話のない時間は3人の距離が近づいたことを意味していました。
◎グループC:出発地=早稲田駅
自身を「ヨーロピアンバイブスをもつ中国人」と称するK、大学院で写真を学びつつ映画の道を模索するX、来日して4年目で司法書士事務所で働くTのグループです。
駅付近のお店が多い通りを抜けて、緑が多いエリアに出た3人。道沿いのフェンスを覆い隠すほどに雑草が生い茂り、鳥の鳴く声が大きく聞こえてきます。団地の敷地と公園を結んでいるであろう道で、Kがその道にある車止めの柵を飛び越え、Tがそのアクションを撮影します。このアイデアも演出もK自らが行い、Tは必死にそのディクレションについていきます。「インタビューします」とXがマイクを向けるも、1人で語り始めることに難しさを感じたのか「なんか質問ない?」とKはきっかけを欲しているようでした。
道に落ちている子供の名札を拾ったり、おもむろにガードレールに腰掛けたり、ビルの壁面に設置された彫刻のポーズを真似てみたりと、Kは自由に体を動かしながら、迷わず写真を撮り、エピソードを短く語ります。一方でXは、グループAのNと同様に「作品」をつくるという意識が強く、自身が「探す人」として被写体になる場合でも撮影に対して自ら指示を出します。そしてもう1人のTは、2人に比べると写真や録音より、まち歩き自体に興味をもっているようで、立ち寄った花屋の店主との会話はその楽しさが滲み出ていました。「みんなでまち歩きをしながら、自分のルーツはなんですか?どういうものが好きですか?っていうことを探していて」(インスタントカメラで撮影した写真を見た店主)「なかなか出てこないもんだね」「すみません仕事中に。あの、おじさんはずっと花屋なんですか?」……
三者三様のこのグループは、旅のなかで3人の歩幅がぴたりとあうことはなかったように見えますが、それぞれのディレクションに若干振り回されることが、逆に互いの視点に触れ合う経験になっていたと言えるでしょう。
◎グループD:出発地=四ツ谷駅
大学で歴史学とカルチュラル・スタディーズを専攻し、現在はエンジニアとして働くY、大学院にて映画論を研究するL、コマーシャル・ディレクターのOのグループです。
四谷駅を出て3人が進む道は、穏やかな緑道。3人は自己紹介を兼ねて各々がワークショップに参加した経緯の話から会話を始めます。同級生に誘われた、スタッフに友人がいた、など3人それぞれが友人がきっかけで参加したことがわかりました。ただOを誘った友人は「やっぱり海外にルーツないわ」と参加を見送ったとのこと。
「“わかりません”って韓国語だけうまくなった」と在日コリアンのコミュニティとの関係を語るY。緑道の先にたどり着いた赤坂迎賓館を眺めながらこの場所の歴史についての見解を語り、ピースマークをつくりながらポートレイトを撮影しました。
3人が歩く道は、次第に緑道から住宅街、オフィス街へと変化していきます。「民主、音楽、教会……」Lが指をさしながら看板や館銘板の文字を読み上げていきます。「語学の勉強としていいね」という反応に対し、Lは「勉強というより自分の怪しい趣味」と笑います。
最初は互いに探り合うようなところもあった3人ですが、歩みを進めるうちにだんだんと同世代特有の“ノリ”を共有するようになっていきます。3人が共通して“喫煙者”であることがわかった瞬間の仲間意識の芽生えや、商業施設や繁華街のなかを進む姿から、“個々とまち”という関係から“3人とまち”という関係に変化していく様が印象的でした。
◎編集
約5時間、新宿を旅した4つのグループは、拠点に集合してすぐさま旅を振り返り、編集作業がはじまります。10枚の写真の順番決めと、2分という規定の時間内で使用する録音箇所のピックアップが主な作業です。今回、初めての試みとして、聞き手となった「録音する人」が「監督」を担い、編集作業をリードするというルールを加えました。どうしても被写体になった「探す人」が、主人公になり、編集の決断を下しがちだったのを、より3人が協働して、3つの作品すべてが3人の意見でつくられるように、と考えた仕組みです。
写真の順番、録音の使用箇所が決まったら、その構成を編集指示書に記し運営スタッフに提出します。運営スタッフは、その指示書にのっとって映像化するための編集作業を行い、それぞれの「シネマポートレイト」が完成します。
DAY3上映・トークイベント
3日目の夜、イベント「KINOミーティング #4 上映&トーク」開催を前に、参加者たちは会場に集まりました。そして、スタッフ、クルー、参加者総出で会場セッティング。そうこうしているうち開場の時間になり、一般の観覧客が会場に入ってきました……。
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3日間のワークショップを通して生まれた映像作品たちはどのように新宿の風景を映しているのか。そして参加者たちは自身の作品やワークショップの経験について何を語るのか。上映・トークイベントの模様はこちらのレポートでご覧いただけます。