レポート:#3 北区 ワークショップReport: #3 Kita-ku Workshop
#3のフィールド北区
2023年5月19、20、21日の3日間、KINOミーティングの3回目となるワークショップを開催しました。今回のワークショップのフィールドは、東京都北区エリア。北区は、2022年時点で21470人の外国籍の方が居住しており、全体人口のなかでの割合はおよそ6%と東京23区内では6番目に高い比率になっています(北区ウェブサイト参照)。まちなかにはインド、パキスタン、バングラデッシュ、中国、韓国などさまざまな料理店、食材店も多く見かけます。 そんな北区における3日間のワークショップの様子を、KINOミーティングのプロデューサーである阿部航太がレポートします。
DAY 1写真で自己紹介 + グループディスカッション
3日間のプログラムは、金曜日の夜にオンラインではじまります。今回のワークショップ参加者は過去最多の13人。それにスタッフ6人、ワークショップクルー(*1)3人が加わり、計22人がオンライン上で集まりました。
KINOミーティングでは毎回「1枚の写真を軸に自分のことを話す」というやりかたで自己紹介を行なっています。今回の写真のテーマは「帰り道の写真」。参加者たちには、それぞれが学校や職場からの帰路で撮影した写真とともに自己紹介をしてもらいました。 「あわく光るものがあると、自分だけじゃない、別の誰かがいると思える」と話すBが見せてくれた写真には、夜空に月がぼんやりと光っています。来日したばかりのTは道端にゴミが散らかっている写真を見せて、東京には「一番いいこと、一番わるいこと、両方ある」と言い、それが東京の魅力であると話します。普段の仕事がリモートワークで「帰り道」がないSは、毎朝のランニング後に朝ごはんを買って食べる場所として、神社のなかに大きな木がある風景の写真を見せてくれました。それぞれの写真からは、参加者たちがどのような接点、距離感で各々が生活するまちと関わっているかを垣間見ることができました。
自己紹介のあとには、グループに分かれてディスカッションです。ふたつの質問をもとにグループ内で意見を交換します。Q1は「あなたが住むまちの好きなところと、嫌いなことろは?」という質問。 ウォーミングアップ的な意味合いのあるこの問いですが、参加者たちはご飯屋さんが少ないことに不満をもったり、大きな公園がそばにあることに魅力を見出したり、あるいは通学の利便性のみで選んだまちについて特に不満はないと話したり、カジュアルな会話が続きます。
Q2はもう少し踏み込んだ「あなたにとって、ルーツとはなにですか?」という質問です。「ルーツ」というカタカナの日本語をどう定義するか、プロジェクトを運営するわたしたちはそれを明確にはしていません。そこには「ルーツとはなにか」ということを考えるところから始めたい、という思いがあります。ある参加者は、自身のルーツは幼少期にすごした「まちの自然」であり、その国の「文化とかのアイデンティティはない」と話します。一方で都会で育った別の参加者は、ルーツは環境ではなく「その人が、なぜそのような考え方をするのか」という背景にあるのでは、と指摘します。こうしてだんだんと会話の内容が深いものになってきました。
ふたつのテーマでのディスカッションのあと、明日からのプログラムについての説明があり、参加者は3〜4人ずつに分かれて4つのグループをつくります。それらは、DAY2、DAY3をとおして「シネマポートレイト」というワークをともに行うグループとなります。参加者たちはグループごとにあらためてあいさつをして、明日の待ち合わせ場所などを確認し、DAY1は終了です。
(*1 ワークショップクルー:ワークショップの進行をサポートしたり、制作現場での参加者たちの様子を記録する役割。過去のプロジェクトに関わった人や、KINOミーティングのワークショップへの参加経験者が担う。)
DAY2シネマポートレイト
「シネマポートレイト」とは、KINOミーティングのワークショップの中心となる、まちのなかで自身のルーツを探す小さな“旅”をするワークです。参加者はまちを歩き、自身のルーツとリンクする風景に出会ったら、その場所/瞬間が想起させたエピソードを語ります。そして、3人1組で以下の3つの役割をローテーションしながら、それぞれの旅を記録していきます。
・探す⼈:まちで発見した自身のルーツについてエピソードを語る
・録⾳する⼈:「探す⼈」が語るエピソードをレコーダーで録⾳する
・撮影する⼈:「探す⼈」の旅の様⼦をインスタントカメラで撮影する
そして旅の終了後、記録した⾳声と写真を組み合わせて、最終的にそれぞれに2分の映像作品を制作します。
今回のフィールドである北区において、旅の出発地は4つのグループそれぞれに異なります。南は「田端駅」、北は「赤羽駅」、そしてその間に「十条駅」と「東十条駅」。それぞれのグループは各地を朝10時に出発し、今回の活動拠点となる王子駅付近の「北とぴあ」を目指します。その間の経路や移動手段は自由。今回は結果的に、徒歩のみで拠点にたどり着いたグループもあれば、出発地周辺をくまなく探索したあと、最後に電車で移動したグループもありました。
◎グループA:出発地=田端駅
中国出身のLとS、カナダ出身でブラジル、アメリカで生活した経験をもつOのグループです。
田端と王子をつなぐルートは、ほかのグループのエリアとは異なり、大きな商業エリアがなく閑静な住宅地が続きます。しかしそのなかでも3人は独自の視点でそれぞれにとって重要な風景に出会っていきます。
とある公園でみかけた木の伐採を知らせる張り紙。Lはそれを読み、倒木の危険性があることは理解しつつも「どうして人がその木の生命を伐採できるのか……」「ほかの方法があるのでしょうかって考えちゃいますね」と語ります。LはDAY1の自己紹介のときにも、まちなかにある木や葉に触れて、それぞれの異なる感触を確かめることの魅力を説いていました。
このグループはとにかく会話が途切れませんでした。しばしば「日本語が苦手」と話していたSは、昨夜のオンラインミーティングでも日本語で話すことが難しいと感じた一方で、「いま、道のなか歩いて、刺激をうけて、話しやすくなる」と言います。その雰囲気が道ゆく人をも刺激したのか、地図を広げて「ここは北区かな?」と話し合う3人の横を通りがかったおばさんが「ここ北区だよ」と返してきました。少しの世間話のあと3人はおばさんに王子までの道順を教えてもらっていました。
◎グループB:出発地=十条駅
香港出身のT、ニューヨークと台湾で育ったG、中国出身のMのグループです。
3人全員が中国語を話すこともあり、メイキング映像を撮影するために帯同していたワークショップクルーのきんは、無理をして日本語を話すことにならないように、それぞれが話しやすい言語で話すことを勧めながら、ときどき中国語を理解できない自分にどんなことを話しているか教えてほしい、と伝えました。しかし、それでもほとんどの場面で3人は日本語でコミュニケーションを交わしていました。
「もし私、日本語しゃべれなかったら、手伝って」と、来日して数ヶ月のTが、GとMに伝えます。そのTの前にあるのは公衆電話の電話ボックス。Tは、好きな映画のなかの電話ボックスが出てくるワンシーンについて語ります。Tはもともと香港でプロフェッショナルの映画の現場で仕事をしてきたキャリアをもちながら、香港の政治情勢の変化を受けて日本に来る選択をしたと語っていました。
賑やかな十条の商店街から細い道へ入ると、そこには時代を感じる古い家や店舗、レトロな看板などが目につきます。「日本のサインはおもしろいな」と、犬のフンの不始末を警告する看板を見ながらGが言います。「確かに、キャラクターとか」と、きんが返すと、「あと、ちょっと丁寧な感じが」とGは付け加え「“大変迷惑しています”って。」と、看板を読み上げてクスリと笑いました。
◎グループC:出発地=東十条駅
中国出身のB、同じく中国出身で大学時代をアメリカで過ごしたS、中東の国々にわたり育ったYのグループです。
東十条はBが日本に来て初めて住んだまちであり、Bはそのまちをもう一度歩いてみたいと応募動機に書いていました。3人はBが当時通った中華料理店、日本語学校の寮、コンビニエンスストアを巡りながら「ルーツとはなにか?」という昨夜の質問についてもう一度話し合っていました。「物理的な場所、環境ではなくて、記憶と感情を残した部分が私のルーツになるかな、と思います。さっきのコンビニも。ほかの人にとっては普通のコンビニだけかな。でも、私に対して毎日の普通の生活のなかで一番よく来た店、その普通のなかで別の感情になりました」とBは語ります。
同じ問いに対してSは「“植物のルーツ”と考えれば、土の下はいろんなところがあるので、多分自分でも発見していない、自分の考え方とかも影響されていること。頭のめちゃくちゃ深いところにある考え方とかだと思います」と答えます。Sは自身の前世が日本の歴史的な人物だと言われたことがあるといい「日本にいるとき、なんか懐かしいなと思って。自分の前世とも関わっているのかなって」と少し笑いながら話しました。
他方、Yは「現実でも目に見えるものと目に見えないものがあって、そういった意味ではルーツも同じだな。自分の見た目とかは見えるルーツで、性格とかはかたちがないものだから」と話します。そうして、Yはインスタントカメラで撮影したばかりでまだ像が現れていない白い印画紙にカメラを向け、もう一度シャッターを切りました。
◎グループD:出発地=赤羽
中国出身で留学生のLとC、同じく中国出身で都内で働いているY、そして日本で生まれ育ちながらも、国際NGOに参加し、海外での生活経験があるKの4人グループです。
赤羽駅を出発した4人は、隅田川、荒川が流れる東に進みます。 最初に“探す人”となったKは「今日の旅は、僕にとっての子供の頃のことを思い出す風景を探す旅にしたいと思っています」と宣言し、自分が育った埼玉県のまちのことに、家族のことについて話を始めます。そのようなテーマをもってまちを眼差しながら先頭を歩くKに、“撮る人”を担当していたCが唐突に「これ、撮ってもいいですか?」と話しかけます。Cが撮ろうとしていたのは瓦屋根のゲートがあるマンションの入り口。Kは意図がわからず少し間をおきつつも了承し、Cはシャッターを切りました。しばらくして、Kはその風景をきっかけに自分が生まれ育った家が瓦屋根だったことを語り始めます。
このグループは、それぞれが語るエピソードだけでなく、積極的にまちの環境音も録音していきました。Yが語った日本に来たばかりのころに北区で暮らしたエピソード、そしてそこから都電荒川線に乗って池袋へ向かったエピソードから派生して、駅のホームに響くさまざまな音、電車内のアナウンス音が拾われます。また、インスタントカメラにもマイクを向け、シャッター音、そして印画紙がカメラから出てくるときの特徴的な機械音も収録されました。
◎編集
5時間の旅を経て拠点に集合した4つのグループは、それぞれの記録をもとに旅を振り返りながら編集作業に入ります。音声を聞き返し、2分という規定の尺におさまるように、エピソードのどの部分を使用するかグループで話しながら決めていきます。そして、10枚の写真の順番を決めて、その構成を編集指示書に記し運営スタッフに提出します。運営スタッフは、その指示書にのっとって映像化するための編集作業を行い、それぞれの「シネマポートレイト」が完成します。
DAY3上映・トークイベント
午前中に拠点にて残っていた編集作業をすませた参加者たちは、それぞれのシネマポートレイトが上映される「KINOミーティング #3 上映・トークイベント」について打ち合わせをしました。グループごとにトークに登壇する人を選出し、イベントのプログラムとKINOミーティングの今後の活動についての説明を受けたあと、参加者たちは昼食のため一旦外出。そして時刻は14時になり、いよいよイベントがはじまります。
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3日間のワークショップを通して生まれた映像作品たちがどのように北区の姿を映し出すのか、また参加者たちは今回の経験をどのような言葉で語るのか。上映・トークイベントの模様はこちらのレポートでご覧いただけます。