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レポート:Multicultural Film Festival 「語る、交差する、そして映画が生まれる。」/後編:DAY 2
2026.03.23

レポート:Multicultural Film Festival 「語る、交差する、そして映画が生まれる。」後編:DAY 2

執筆:萩原雄太(演出家・かもめマシーン主宰)

2月28日と3月1日の2日間にわたって行われた、KINOミーティングによる小さな映画祭「Multicultural Film Festival」。2日目は、1959年に製作されたジャン・ルーシュによる『人間ピラミッド』とともに、KINOミーティングによる最新作『オフライン・アワーズ』の上映と、それぞれの映画上映終了後にゲストトークが行われました。はたして、2本の映画は、どのような思考を触発したのでしょうか? 

ドキュメンタリーとしての演技Program C

ドキュメンタリーとしての演技/Program C

Program C 上映作品『人間ピラミッド』監督:ジャン・ルーシュ/1961/88分 credit: Les Films du la Pléiade

 映画監督としても文化人類学者としても知られるジャン・ルーシュは、一風変わった経歴の持ち主。『贈与論』を記したことでも知られる人類学者・マルセル・モースの下で学んだ彼は、土木技師としてアフリカに赴任。第二次大戦中レジスタンス運動に参加したのち、戦後にはアフリカの地に舞い戻る。その後、映像人類学者として、アフリカで100本以上の民族誌映画を制作し、シネマ・ヴェリテ(真実そのものを追求するフランスのドキュメンタリー映画)の創始者として知られるようになった。
 そんな彼が1959年に製作したのがこの日に上映された『人間ピラミッド』という作品。しかし、これはドキュメンタリーとも、フィクションともつかない一癖ある作品だった。
 舞台となったのは、アフリカ・コートジボワールの高校。ルーシュは、黒人と白人の共学でありながら、まったく交流がなかったこの高校において、両方の生徒が参加する劇映画を制作する。この作品は、制作過程のドキュメンタリーと、制作されたフィクションとが絡み合いながら進展していく。
 フィクションパートにおいて、ある白人生徒は「黒人は勉強がきらい」「黒人文化は未熟」などと差別発言を演じ、黒人生徒も「白人との友情なんて必要ない」と切り捨てる。しかし別の女子生徒は、仲間たちに黒人との交流を提案し、サッカー、ギター、ダンスパーティなどでその距離を縮めていく。しかし、海水浴のさなかに起こった悲劇的な事故が、生み出されつつあったかれらの友情に亀裂を生じさせる……。そんなストーリーの一方で、ルーシュ自身が「実験」であると語ったり、映画の半ばには生徒との試写会のシーンが挟まれたりと、見ているうちにフィクションなのかドキュメンタリーかよくわからなくなっていく……。どこか、不思議な後味を残す映画だった。
 KINOミーティングの森内康博は、上映後に行われた詩人・管啓次郎とのトークセッションのなかで、KINOミーティングの始動にあたって、この作品から多くの影響を受けたと振り返る。
「多様な人と映画を制作するという構想が浮かんだとき、念頭にあったのがこの『人間ピラミッド』だった。この作品では、黒人と白人の間に友情が成立するのかという命題のもと、フィクションともドキュメンタリーともつかない作品がつくられました。改めて今回見て、とても強い影響を受けていると実感しました。『人間ピラミッド』の現場では、映画づくりを通じてコミュニティが生まれていますが、コミュニティをつくることによって、どんな映像表現が現れるのかを、KINOミーティングでも試しているんです」

ドキュメンタリーとしての演技/Program C

 ここでいう「コミュニティ」は、昨日のトークセッションで大橋さんが紹介した「サードスペース」という言葉とも響き合うもの。限られた時間のなかで、映画制作を通じて他者と関わるという『人間ピラミッド』の制作過程は、KINOミーティングにも引き継がれた。
 一方、管さんは「演技」という行為からこの作品を読み解く。
「映画のなかで、ルーシュは『演技を超えた現実』と話していましたが、ルーシュも多大な影響を受けたシュルレアリスムの詩人で民族学者のミシェル・レリスは『憑依』について記しています。
 憑依状態にあるとき、それがほんとうに起こっていることなのか、憑依されているふりをしているのかは、客観的には判別できません。しかしその時、外側にいる人々だけでなく、憑依されている本人にとっても『ほんとう』はどうなっているのかわからない。そうやって、本人も考えていないような深い部分が出てしまうようなことがあるんです。
 もちろん、我々も日常のなかで自分自身を演じていますよね。そのとき、どこまでがコントロールできる『演技』で、どこまでが『ほんとう』かはわからない。わたしたちの日常で起こっている演技も、憑依のような感触なのかもしれません」
 1980年代、管さんは、アメリカ南部・アラバマ州の大学に留学。その当時もまだ根強く残っていた白人と黒人の差別を経験したという。しかし、その内実は、イメージしていたものとはかなり異なっていたと振り返ります。
「アメリカ南部は差別が根強い地域というイメージがありますよね。けれども、実際は、北部の州よりも白人と黒人の仲がよかった。南部では白人と黒人とが草の根で交わりながら暮らしてきた歴史があります。黒人と白人とは一緒に食事を取らないような差別は確かにありましたが、表面上の対立は少ないんです。
 そうやって観察していると、差別とは、じつは思わぬときに顔を出すものではないかと思うようになった。突然の現れ方をするそれは、本心であるともいえないし、嘘であるともいえない。真偽のどちらかに決められるような感情ではないんです。ルーシュが本作で描いているのは、そのような演技と現実の被膜なのではないでしょうか」

ドキュメンタリーとしての演技/Program C

 演技をめぐる管の指摘は、本作の本質をつくものであると同時に、KINOミーティングが目指すテーマにも響き合う。1日目のトークセッションでも演技が話題となったが、そこには虚実を越えて、日常の固定された関係を揺るがす可能性が埋め込まれている。KINOミーティングや『人間ピラミッド』が描くのは、そのような演技のあり方だ。
 KINOミーティングの阿部航太はトークイベントの終わりにこう語り、午後に上映される『オフライン・アワーズ』の上映へとつなげた。
「『人間ピラミッド』は、夏休みの間に行われたプロジェクトであり、ここで培われた友情も、限られた時間で生まれたものでした。KINOミーティングも、基本的には期間限定の集まりで、撮影が終わるとそれ以降で全員が集まることはほぼない。でも、そこでは確かに友情として存在していた。KINOミーティングも『人間ピラミッド』も、友情が一致した瞬間が映像として残され、次の世代に遺されていくという幸福な作品ではないかと思います」

民主的で「尊い」プロジェクトProgram D

民主的で「尊い」プロジェクト/Program D

Program D 上映作品『オフライン・アワーズ』 + ドキュメンタリー制作:KINOミーティング/2025/120分

 2日間の締めくくりとして上映されたのが、KINOミーティングによる作品『オフライン・アワーズ』とそのメイキング。KINOミーティングに参加した十数人が、1年間をかけて制作したこの作品は、東京で働く在日外国人の日常を、春・秋・冬という季節を舞台にした3本のオムニバス作品として描くもの。前作『ニュー・トーキョー・ツアー』と同様に実体験に基づいたエピソードが展開されていく。
 しかし、前作との最大の違いは、監督やシナリオライティングなどを、参加者全員が役割を入れ替えながら担当していったこと。国籍、価値観、モチベーションも異なる参加者たちは、ときにぶつかりそうになりながらも、みんなで意見を出しあい、ひとつの作品を創作した。しかし、そのような民主的な創作スタイルは、一般的な創作よりも多くの困難を呼び込んだという……。
 上映後、社会学者の髙谷幸さんとキュレーターの川上幸之介さんを迎えたトークイベントで、KINOミーティングの阿部はその難しさを振り返った。
「それぞれの作品は、わずか数日の制作期間しかありません。その時間的制約のなかでみんなの合意を取りながら民主的に創作していくのは、とても難しかった。ただ、いま振り返っても、そこには困難だけでなく豊かさもあり、それによって生まれた表現があったと思います」
 さらに、KINOミーティングの関あゆみは、この制作の間に、参加者のコミュニケーションに対する態度が変わっていったと振り返る。
「今回集まったメンバーは、中国語話者の人が多かった。中国語話者の間では中国語を使うことで言いたいことが100%伝わる一方、ほかの人にはなにも伝わらない。そんな環境でコミュニケーションを重ねていくと、だんだんと、みんなが70%理解できることを目指すようになっていった。完全には理解できないけれど、なんとなく共通認識があるという状態をつくることで、やりとりがうまくいくようになります。コミュニケーションが目指すポイントが変わっていったんです」

民主的で「尊い」プロジェクト/Program D

 そんな阿部や関による制作過程の振り返りを受けて、髙谷さんが差し出したこんな疑問は、KINOミーティングの本質に迫るような問いかけだった。
「完成した作品は、このワークショップにとってどう位置づけられるのでしょうか? 異なる背景を持つ人々が対話をすることが目的で、映画はその副産物であるともいえるし、映画をつくることを目的として考えると、参加者たちの間に生まれる対話や協働は、映画のための手段となりますよね?」
 作品が重要なのか? それとも過程が重要なのか? もちろん、それは割り切れるものではないものの、そのどちらに重心を置くかにプロジェクトの行方は左右される。この質問を受けて阿部は、ブラジル・サンパウロで体験した「いろいろな人がいる」ことの豊かさから振り返った。
「サンパウロには、いろいろなバックグラウンドの方々が暮らしています。日本に戻ってきたときに、多様な人々と関わりたいと思ったのですが、どう関わればいいのかわからない……。でも、何かを一緒につくるプロジェクトであれば関わることができるかもしれないと思い、多様な人々とともに一緒に映画をつくるプロジェクトを考えたんです。
 とはいえ、場をつくることだけを目的としてしまうと、一緒に関わる意味がなくなってしまう。いい映画、おもしろい映画をみんなでつくろうという目的がトップにあることで、その関係性は進展していくのではないかと思います」
 そんなやり取りを聞きながら、深く頷いていた川上さん。彼が『オフライン・アワーズ』を見て、想起したのが「主体化」という言葉だったそう。
「この映画では、国外にルーツを持つ人間という自らのイメージが、自らの手で語られているのが見えました。支援する対象や『共生』する対象として見られがちな在日外国人にとって、主体的に自らを語れる場所はとても重要だと思います。その民主的なプロセスも含めて、このプロジェクトはとても『尊い』ものであるように感じました」

民主的で「尊い」プロジェクト/Program D

 そんな「尊い」プロジェクトを通じて、参加者たちは大小さまざまな価値観の変化を経験したという。このトークセッションにはトシキ、リウ、タケルら参加者たちが登壇し、それぞれの視点から『オフライン・アワーズ』という経験を振り返った。トシキにとって、この制作は、「ルーツ」という言葉に向き合う経験になったという。
「ずっと、自分の故郷で暮らしていたので、ルーツについて全然考えることがありませんでした。『ルーツ』という言葉を辞書で引いても、いまいちピンとこなかったんです。でも、俳優やカメラなど役割を変えながら作品に携わっていると、みんないろいろな事情があってここにいるっていうことを実感した。ルーツという言葉が示す意味がだんだんとわかっていったんです」

民主的で「尊い」プロジェクト/Program D

 ところで、1日目のトークセッションでは『夏休みの記録』を監督した川田淳さんから、「多文化共生」という言葉に対する違和感が語られた。このトークセッションでも髙谷さんから目指す「べき」あり方として語られることが増えた多文化共生という言葉に対して、多くの人が、どこか息苦しさを覚えるようになっていると指摘があり、奇しくも初日のトークとリンクする形に。髙谷さんは、その息苦しさに対する処方箋として、アートの力が使えるのではないかと期待を寄せた。
「多文化に触れる喜びとは、いろいろな表現や価値観に出会うことができ、自分の知識や世界観も広がっていく体験。いま、多文化共生という言葉がとても硬いものとなっていますが、アートを含むさまざまな方法によってこの喜びを伝えていくことで、多文化共生という言葉のイメージを柔らかくし、言葉の可能性を広げていくことが求められているのではないかと考えています」

民主的で「尊い」プロジェクト/Program D

 プロセスへの眼差し、演技が持つ意味、多文化共生という言葉への違和感など、4本の映画を通じてさまざまな言葉が交わされた2日間。フィクションとドキュメンタリー、映像と言葉が反響する空間は、まさにそれ自体が、日常とは少し離れたサードスペースのような場だったと言えるかもしれない。
 映画祭のまとめとして、「KINOミーティングで培ってきたナレッジを、仕組みとして整えたり、アーカイブとして残していくことで、他の人々にもこの活動の成果を手渡していきたい」と話した阿部。今後も、KINOミーティングによってその到達点が更新されるばかりでなく、他の人々にもその成果が受け継がれていくことを期待したい。

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執筆者:萩原雄太(はぎわら・ゆうた)
演出家、かもめマシーン主宰。主な作品に、『福島でゴドーを待ちながら』、『俺が代』、『電話演劇シリーズ』など。18年、ベルリンで開催されたTheatertreffen International Forumに参加。19-20年、22-23年、24-25年セゾンフェロー1に採択。23年、Asian Cultural Council New York Fellowshipに採択され、NYに滞在。ジョージタウン大学・Laboratory For Global Performance & Politics 2024-2026のGlobal Fellowに採択される。

撮影:山城浩平