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レポート:映画制作プロジェクト2024 |春の部/[Report] Filmmaking Project 2024: Spring
2025.03.25

レポート:映画制作プロジェクト2024 |春の部[Report] Filmmaking Project 2024: Spring

DAY1 2024/5/11

春の部のプロットは、「電子レンジを捨てる」という行為が軸となる、とリュウが説明する。これは春の部演出部で脚本を担当することになったリュウの個人的な体験が元になっている。「決断」のテーマを受けて、リュウが想起したのは断捨離のこと。なかでも捨てられずに使い続けていた壊れかけの電子レンジのことだった。春の部演出部は、監督のカイを中心に、電子レンジという日本の文化を象徴するモチーフを、日本での生活の暗喩として表現するアイディアでこのシーズンのエピソードを組み立てようとしているようだ。

DAY1 2024/5/11/

舞台はとある外資系IT企業。登場人物は、主人公の新入社員と先輩、そしてその二人の上司。キャスティングは、いくつかの候補があがったが、最終的に新入社員役をニニ、先輩役をレイ、上司をタケルが演じることが決まった。また、キャストの決定により他の部署におけるメンバーの配置も以下のようにまとまった。

演出部:カイ、ユーセフ、リュウ
俳優部:タケル、ニニ、レイ
技術部:シキ、チョウ、ベンカ、パイ
美術部:コウタ、シェリー

実は、キャスティングの際に、リュウから自分のエピソードは自分で演じたい、とスタッフに申し出があった。その熱意には感じるものがあったが、このプロジェクトではひとりのエピソードを「再現」することを目標としておらず、他者が演じることによるズレが、新しい視点を加え、フィクションとしての表現となることを目指していると伝えた。すぐにリュウは納得してくれたようだったが、フィクションとはいえ、個々人の大事なエピソードを扱っていることを気に留めなければならないと改めて感じさせる出来事だった。

部署がきまると、撮影にむけてそれぞれに動き出す。演出部と俳優部は脚本についての議論を続け、技術部は機材の扱いをスタッフから指導を受ける。美術部は撮影に必要なものをリスト化しようとするが、まだその詳細を検討できるほど設定や脚本が定まっておらず、動き出すことができない。おおまかに決まった設定も、セリフやキャラクターの細かな設定を詰めていくと整合性がとれないところが出てくる。それを解決しようとして誰かがアイディアを出すと、また別の設定がくずれる。そうして悩んでいるうちに、また誰かが全く違う構成の話を始める。じっくりと時間があるのであれば、このような脱線やアイディアの投げ合いは本来重要なプロセスだが、もう1日半で撮影に入らねばならない今回の現場にはそんな余裕はない。誰もが段々と焦り始めて議論はヒートアップする。そうすると、中国語話者の多い演出部では、ほとんどの会話が中国語になっていく。そのテーブルにいるタケル、ユーセフ、私は完全に取り残され、そのやりとりを呆然と眺めることしかできない。ふとタケルが「大丈夫? 喧嘩してない?」と間に割って入ると、ようやく皆我に帰ったように笑って喧嘩を否定する。

DAY1 2024/5/11/

その日の会議室を、決定したロケ地に見立ててリハーサルを行う。各部署に分かれ、その日に配られたシナリオをもとに中心となるシーンから撮影をシミュレーションする。キックオフ、DAY1の間は、ほとんどのメンバーがそれぞれの役割をそこまで意識せずに、フラットに意見を交換していた。そうしたヒエラルキーの薄さが、KINOミーティングの良さである一方、意思決定を積み上げていく必要のある脚本づくりの場面では、進めていくうえで苦労する大きな要因にもなった。しかし、シナリオがかたちになり、皆に手渡されて開始したリハーサルでは、それぞれの専門性を意識しあう関係性に変わっていく。モニターを見て画角を確認するユーセフ、ブームマイクを構えるチョウ、オフィススーツに着替えたレイ、それぞれにやることが明確になり現場に動きが出てくる。

DAY2 2024/5/25/

しかし、それでも脚本の詰めきれていないところにぶつかっては、リハーサルは度々中断してしまう。ニニが「え、これ変じゃない?」とセリフに違和感を示す。タケルもそのシーンでは演じづらさを感じているようで首を傾げている。カイはなかば強引に、そのシーンを成立させるためにアイディアを出すが、リュウから「それは……」と、自身の実際の経験との違いを指摘される。結局、リハーサルのなかで出た課題をピックアップし、それを撮影当日までに整理することを演出部の宿題とし、メンバーたちは会議室を出て、まだ決まっていなかった屋外撮影のロケーションハンティングへと向かっていった。

DAY3 2024/6/1

撮影初日、外は快晴。春の設定ではあるけれど、初夏のようで日差しが強い。最初の撮影シーンは屋外で、演出部、俳優部、技術部が撮影を進めている。声を出して指示を出す演出部、機材を扱うことがままならない技術部、暑さにあえぐ俳優も、それぞれに必死ではあるが、適度な興奮状態にあるように見える。このメンバーではじめての本撮影ということもあり、現場の進みはまだぎこちないが、技術サポートで入っている運営スタッフの森内、テイと、映像制作の仕事もしている俳優部のタケルが、専門的な部分をカバーしながらなんとかひとつずつシーンを撮り進めていく。

DAY3 2024/6/1/
DAY3 2024/6/1/

屋外の撮影を終わらせ、午後はメインとなる屋内の撮影に移行する。オールスタッフミーティングにて最新の脚本を皆で再確認する。DAY2の課題をもとに、監督のカイと脚本のリュウが今日までに仕上げてきたものだ。特に会話部分が新たに書き加えられていたため、演出部と俳優部はその部分の読み合わせからはじめることとし、その間に、技術部は午前に美術部が外撮影の裏で進めていた屋内現場の仕込みを基準に、カメラなどの位置決めにかかる。このカメラがまわるまでの準備が、とにかく時間がかかる。それは、多くのメンバーがこうした撮影現場が初体験であること、メンバーの半分以上が第一言語ではない言語でコミュニケーションをとっていること、撮影をするうえで必要なことが未確定であったことなど、いくつもの要因が重り準備時間が伸びていく。特に初日は、まだ時間のリミットが見えづらい部分もあり、スケジュールにのせる意識をもつことはどうしても難しい。

ふと演出部と俳優部を見ると、まだ同じところで同じシーンの議論を続けている。どうやら新しい脚本の内容についても、俳優たちは納得できないところがあるようで、なかなか演出方針の結論が出ない。技術部、美術部も途中までは準備ができていても、演出方針が決まらないと細かな部分のセッティングができず、もはや演出部と俳優部がどの部分を議論しているのかも把握できない。「そろそろ本番いかないと時間が無くなるよ」とカイに先に進むことを促すと、「わかった」と頷いて、方針を決めて指示を出す。その決定に煮え切らない俳優もいるが、とにかく先に進まないと期間内に撮り終えることができない。

DAY3 2024/6/1/
DAY3 2024/6/1/
DAY3 2024/6/1/

DAY4 2024/6/2

撮影2日目。演出部は昨夜も引き続き脚本を再検討していたようで、最新の脚本が深夜にアップされていた。また演出が変わり撮影時間が伸びてしまうのではないか、と運営側の視点からは不安に思うこともあったが、一方ではしぶとくよりよい作品をつくろうとしているその姿勢に私自身が感化される部分があった。この作品がアートプロジェクトのワークショップの成果物の域をこえて、メンバーたちにしっかりと自分たちの作品として捉えられている、ということを実感した。朝、その脚本を再度メンバー全員に配布し、今日のスケジュールを再確認する。

DAY3 2024/6/1/

「本番いきまーす!」リュウがカチンコを持って、声を出す。開始から1時間経ち、ようやく準備が終わりカメラがまわった。昨日から懸案だったシーンからだ。こうして、ひとつ演出がきまり、ひとつシーンを撮影するごとに、劇中の登場人物たちの輪郭が少しずつ見えてくる。“この人は中国出身なのに、頑なに中国語を話さないんだな” “この上司は、ずいぶんと二人のこと、もしくは二人の関係性に気を遣っているようだ” “まだ社会に出て間もないのか、なんだか危なっかしいな”…… それぞれの人物設定は脚本ですでに理解していたはずなのに、メンバーたちが演じる登場人物をモニタ越しに眺めていると改めてその人のことを知っていく感覚を覚える。それは、演じているメンバー個人の声、表情、身振りなどが、登場人物たちの設定に重なっていく過程を見ている、ということなのだろう。経験が少ないこと、第一言語ではない言語で演じること、演出が細部まで決まりきっていないことなど、そうしたKINOミーティングの製作現場特有の場所だからこそのキャラクター演出のプロセスだ。

しかし、それからいくつかのシーンを撮影するなかで、また進行が中断してしまう。昨日と同じように、設定に違和感をもつ俳優部と演出部とで意見がまとまらない。時間的なリミットも迫ってきているのは皆感じている。あせりも出てきたのか、また中国語のやりとりが始まり、それを理解できないメンバーは議論に置いていかれている。内容は全くわからないが、どうも議論が紛糾しており、語気も強くなっているように思える。これは、議論になっているのだろうか。もしかしたら喧嘩になってしまっているのではないか。技術部や美術部は、その議論の結論を待つばかりで、手持ち無沙汰になり、スマートフォンをいじり始めるメンバーもちらほら見える。「いま、どんな状態? とりあえず、一回やってみようよ。」たまらず美術部のコウタが大きな声をあげる。コウタが普段身を置くプロの映像制作の現場では、大声の指示はそう珍しいものではないが、今日の現場では想定以上に強く響いてしまう。

DAY3 2024/6/1/

DAY5 2024/6/29

撮影終了後、4週間空いて春の部の最終活動日を迎えた。当初は、朝に集まってすぐに撮影した素材をつなげたラッシュを皆で観る予定だったが、撮影自体のプロセスや経験自体をメンバーたちと振り返る時間を30分ほど最初に設けた。撮影終了後、運営スタッフの間では、撮影前と撮影当日のプロセスについて振り返るミーティングを行っていた。撮影が予定通りに進まなかったこと、メンバー間での議論がヒートアップしていたこと、製作プロセスのなかでメンバーが相当量の負荷を負うことになったことなどを、私たちは運営側の課題としても捉えていた。そこで、この日の最初に、まずは運営チームからメンバーに対し、下記の改善案を提案した。
◎ ルールを明確にして負担を減らす
・撮影をシンプルにするためにシーンの数の制限や、設定の条件を明確にする
・スタッフが議論の交通整理やタイムマネジメントのために介入する
・撮影までには演出上重要な部分の議論は済ませておく
◎ 相手の意見を「聞く」意識をもつ
・通常の撮影現場ではないことを認識する
・それぞれのやり方は一旦横に置いて、まずは相手の言うことは一旦受け入れる
・第一言語が異なる間での良いコミュニケーション方法をみんなで探ろう
◎ みんなで現場をつくる意識をもつ
・活動をとおして信頼関係を築いていこう
・特別な負担がかかる際のメンバーへのケアを意識する
・遅刻、欠席は事前に連絡することを厳守
◎ 「よい作品をつくる」と「よい現場をつくる」は同じ重要度
・どちらにも傾かず、両立することを目指すのがKINOミーティングの映画制作

DAY5 2024/6/29/

今回の撮影で疲弊してプロジェクトを離れてしまうメンバーがいるのではないか、という懸念があったくらい、運営側は今回のことを重く捉えており、今回の提案がメンバーたちにどう受け取られるかによってプロジェクトの行く末が大きく変わると感じていた。しかし、メンバーからの答えはシンプルで、カイからは「うん、大丈夫」とカジュアルに返ってきた。4週間空いたことで辛い記憶が薄れたとこともあったかもしれないが、メンバーたちは、そうした状況やその要因となったプロセスは認識しつつ、ベンカは「それでもとても良いコラボレーションがあったと思う」とそのときの成果を共有した。

その後、上映したラッシュは、未完成ながら魅力的なシーンが連なっていた。なぜだか、もう懐かしく思える。1ヶ月も経っていないのに。これで映画制作プロジェクトの最初のシーズンが終了し、次は秋の部へとプロジェクトは進む。