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レポート:映画制作プロジェクト2024 |秋の部[Report] Filmmaking Project 2024: Autumn
DAY1 2024/8/31
秋の部の演出部は、春の部終了以降、秋の部が正式に始まる手前から、主体的に準備を進めてきた。活動日とは別に、演出部独自のミーティングを設け、脚本の検討、俳優のキャスティングを進めていった。それは、春の部の反省もありつつ、自分たちの映画をつくることへの意欲の表れにも見えた。脚本は、春の部では俳優として出演していたレイが制作し、その演出をまとめる監督はコウタが務める。このシーズンのエピソードは、ある女性が昔の知り合いに偶然出会ってしまい、過去の自分と向き合うことになる、というあらすじ。「決断」という全編のテーマに対して、その言葉から連想させるような大きなドラマではなく、小さくささいな決断を描きたいと考えているようだ。DAY1では、それまでに整えてきた脚本と、キャスティングが発表され、それに基づき他の部署についてもメンバー配置が決まった。
演出部:レイ、コウタ、シェリー、ニニ
俳優部:シキ、ダイチ、チョウ
技術部:ユーセフ、ショエン、レイ、トシキ
美術部:ベンカ、パイ、タケル
DAY1が始まる前に検討されたキャスティングでは、ひとつ印象的な出来事があった。今回のエピソードのなかで、“占い”が登場人物のとある決断のきっかけになる、という演出案があった。自身の力強い決断ではなく、そうした偶然性から生じる決断を描くという趣旨だと私は捉えていたが、そのシーンについてコウタが「ちょっと、これユーセフさん大丈夫かな?」と俳優の候補として上がっていたメンバーの宗教的な背景に配慮する必要性を指摘した。イスラム教を信仰するユーセフにとって、その行為自体が規範に反している可能性がある、ということだった。その場合、フィクション、演技とはいえその行為を強いることはできない。演出部からは、そのとき①演出を変更する、②別のメンバーを俳優として起用する、のふたつの方針案が出た。結局、ユーセフからは占いが絡む演技は難しいという答えがあり、演出部は、②の方針で進めることを決めた。
運営側の私としては、①の方法で、条件に合わせて演出を改変していくことのほうに可能性を感じていたが、そのために演出部を誘導することはできない。私が気がついていないだけで、脚本上その部分がどうしても譲れない理由があるのかもしれない。この出来事は、キャスティングのプロセスに限らず、常に私たちはその人の背景や属性をもとに、さまざまなことを判断しているのだと考えさせられた。今回は、宗教というひとつのわかりやすい属性が判断材料になったが、見えずらいバックグラウンドやささいな差異をもとに、物事が決定されていくことも日常のなかでは多いだろう。それ自体は決して誤ったプロセスではないが、そこに偏見や、固定化された価値基準が入り込まないよう、注意しなければならない。結局そのシーンは占いそのものではなく“ラッキーアイテム”を用いる演出に微調整された。監督のコウタは後日「起用することはできなかったけれど、そうすることでユーセフさんをが少しでも関わりやすいものにしたかった」と語っていた。

DAY2 2024/9/14
演出部が、DAY1までに事前にしっかり準備してきたこともあり、DAY1、DAY2それぞれをリハーサルに費やすことができていた。設定が仕上がっているので、より具体的な意見交換が可能になり、各部内、もしくは部をまたがっての議論が活発になっている。監督であるコウタは、現場を仕切ることに自分の力を使い、細かな演出については同じ部内のレイ、シェリー、ニニに積極的に意見を求めている。映像制作を仕事にしているコウタは、おそらく自身で全てを決めてしまえるほどの経験値を有しているが、それをできるだけ手放す努力をしているように見える。
DAY2の数日後、撮影に向けてこちらの考えていることを共有しておきたいと考え、私からコウタにメッセージを送った。KINOミーティングの現場において、経験値があることを理由にその人の声が強い影響力を持つことは避けたいと考えていること、そのうえでDAY1、2のコウタの様子を見ていて、意識的にまわりの意見を拾おうとしている姿勢に、“KINOらしい”制作現場の在り方へのヒントがあるかもしれない、と感じていること、撮影では自分もできる限りサポートするつもりであることなどを伝えた。妙なプレッシャーや勘ぐりをコウタに感じさせてしまう恐れも大いにあったが、この2年弱の間に培ってきた関係性を信じてみることにした。返信では、コウタ自身も自分のやり方について自問自答しているとあったが、KINOの現場が好きであること、撮影では最もKINOらしくある2日間を目指す、と続けて書かれていた。
DAY3 2024/9/27
春の部と同様に、まずは屋外のシーンから撮影が始まった。俳優のふたりが坂道をゆっくりと降りていくのを、カメラやマイクを抱えた技術部と、演出部のメンバーたちが必死に追っていく。全体を仕切る演出部も変わったことに加え、このシーズンから加わったシーズンメンバーも数人いたこともあり、前回の撮影時とは雰囲気が異なる。こうして毎回新鮮な現場が立ち上がるのもKINOミーティングならではだと感じる。

今回、主役を演じるのは中国出身のシキ。恥ずかしさもあり、俳優をやることに最初は抵抗感を示していたが、キックオフの即興劇でも見せたユニークなキャラクターを求められ、主役を務めることになった。シキは自分でもよくそうコメントするが、日本語が流暢とは言い難い。それでも、シキが演じるキャラクターは日本語で会話する設定となっていた。どんな言語で物語が進行するかは、運営側からはルールを設けていない。その点が検討材料になるところはKINOミーティングの現場の特徴のひとつだし、その扱いによってキャラクターの背景を語ることができるなど、演出する上での可能性も秘めている。秋の部の主人公はシキと同じく中国出身という設定だが、外資系企業(春の部と近い設定だった)を舞台に、アメリカ出身の同僚と日本語で会話をする。その理由や背景について、作中では細かく説明されないが、少したどたどしいシキの日本語が物語を進めていく。
そうしたシキの会話シーンを撮影するときに印象的だったのは、日本語のアクセントや細かなミスについてほとんどNGが出なかったことだ。物語のなかで重要な言葉だったり、誤解が生まれてしまう言い間違いについては、リテイクを重ねることもあったが、よほどのことがない限り、細かな誤りはすべてスルーされた。これは、あくまで日本語を第一言語としている者の限定的な感覚と言わざるを得ないが、それでもシキが話す日本語には魅力がある。そのリズム、アクセント、言葉選びは、間違いなくシキが編み出した、シキの日本語で、それを扱うことでそのキャラクターにリアリティが帯びるのだ。もしかしたら、外資系企業で他の国出身者と話すのであれば英語での会話の方が現実に近いのかもしれない。しかし、KINOミーティングの現場では、第一言語以外の言語を役者が話すことによって、状況を正確に描写することとは異なる手法で、キャラクターに説得力を生んでいる(これは副産物だが、その独自のリズムによって初めての経験である演技の拙さも気にならない)。結果的に、シキが演じる主人公は、話す言語によって、シキのこれまでの経験が重なったかたちでキャラクターが形成されていく。



DAY4 20204/9/28
「やさしい気持ち!」とタケルが叫ぶ。皆が疲れてきて、コミュニケーションが少し雑になりかけていることを察知すると、発される合言葉。そのムードメイキングが象徴するように、秋の部の現場は、それぞれが互いをケアしながら進められた。映像制作の未経験者が多い技術部を、部署の域をこえて美術部のパイやタケルがサポートしたり、シーンごとに俳優の演技を積極的に褒めたり、メンバー間でかなり意識的に関係づくりを実践しているのがわかる。
それでも時間に余裕があったわけではない。優先度を考慮して、カットしたシーンもある。そして、撮影終盤になればなるほど、まだ演出が決まりきっていなかったシーンがでてくる。一番の山場は、主人公を演じるシキと、主人公の昔の知り合いかもしれない女性を演じるチョウの長い会話シーン。現場では、何度もリハーサルが行われる。そこで、主人公はその女性にどうして日本の支社に希望を出して転勤してきたのかを尋ねる。チョウは演技のなかで「東アジアのまちなみが好きで、それで移住しました」と答えた。それを聞いて、私はひとり驚く。
KINOミーティングでは、個人の経験をできるだけ脚本に反映させることを推奨しており、今回のような長台詞があるシーンでは、その部分を脚本家が書き切らずに、俳優のアドリブに任せることがある。今回もDAY1、2のリハーサルにて、そのようにチョウから彼女自身の個人的なエピソードを掘り起こそうとした。しかし、チョウはあまり自分の経験と、このシーンとをうまくリンクさせることができず、最終的には脚本担当のレイが、その部分を書いてそれをもとに演技をする方針に決まった、という経緯があった。そして、「東アジアの〜」というのは、レイが書き足したセリフである。しかし、そのフレーズは、チョウの「シネマポートレイト」(*1)から引用してきたものだった。シネマポートレイトは、KINOミーティングが初期から実施しているワークショップのひとつで、参加者は3人組みでグループを組み、自身のルーツを探してまちなかを歩きながら映像作品をつくる。チョウがそのワークショップに参加して、シネマポートレイトを実施したのは2022年11月。思い返してみると、そのワークショップにはレイも参加していた。KINOミーティングが2年かけてメンバーたちとワークショップの実践を重ねてきたひとつの成果が垣間見えた瞬間だった。


DAY5 20204/10/5
1週間前に撮影した素材をつなぎ、ラッシュを上映する。再生しようとすると、シキが恥ずかしさに耐えきれない様子で会議室を出ていく。どうしても演じている自分を皆と一緒に観ることができないらしい。会議室のモニターに映し出されたシキとダイチのやりとりに笑いが起こる。春の部のエピソードとは異なる感触もあるし、やはり共通する部分もある。オムニバスとしてふたつを並べることが今から楽しみになる。まだ作品自体の評価は早いが、撮影現場をつくるという視点においては、秋の部はひとつの方法を見せてくれた。春の部の経験を経て、演出だけでなくメンバーそれぞれが動いた結果であろう。次の冬の部にもしっかりとバトンを渡すことができたはずだ。しかしローテーションはありつつも、結局のところバトンを渡すのも、渡されるのも、同じメンバーなのだけれど。


その後、秋の部演出部は、モニターとPCが並ぶ特設の編集ブースで作業を進め、他のメンバーたちは冬の部の現状の設定案を題材に、即興劇のワークショップを行なった。まだ固まりきっていない冬の部の脚本のヒントになればと設定したワークだったが、キックオフに即興劇をやったときと同じように、メンバーそれぞれのキャラクターが表出する賑やかな時間になった。